
麻生が仕掛ける居座りの隠しダマ(1/2)
文藝春秋4月10日(金) 12時 5分配信 / 国内 - 政治
反転攻勢につなげる数少ない政策の隠しダマ――。首相・麻生太郎はそのお披露目の初会合を四月十三日にセットした。三月下旬、執務室の壁に貼った大きなカレンダーを眺め、熟考した末に命じた。「発表するのは四月二日のG20金融サミットから帰国してからにしよう」
二〇〇九年度予算と歳入関連法案は三月二十七日に成立した。麻生は暫定関税定率法案など「日切れ法案」の成立も待ち、三十一日夕に記者会見して二十兆円の需給ギャップを埋める追加経済対策の策定を表明。その足でロンドンで開かれるG20に向け出発する段取りを描いた。そこで経済危機対応の国際協調を確認したうえで、四月十三日からの週には追加経済対策を決定。財政出動を具体化する○九年度第一次補正予算案は五月の連休明けに国会に提出する想定である。
隠しダマは足元の景気をテコ入れする追加経済対策を軌道に乗せてから、満を持して打ち上げるのが効果的だ。麻生がそう計算し満を持して立ち上げるのが、年明けから密かに謀ってきた首相直属の有識者会議「安心社会実現会議」だ。
「衆院選では政党間の違いをきちんとさせるべきだ。我々は景気がある程度きちんとしてきたら、消費税を含む税制の抜本改革を第一に言わなければならない」
麻生は三月十三日の内閣記者会のインタビューで、衆院選の争点を巡ってこう言い切った。景気対策は「実行するもの」で、「選挙で問うもの」ではない。麻生がそう断じ、民主党との「違い」の第一としてなお消費税率引き上げにこだわる姿には自民党内で真意を訝る声が渦巻いたが、その裏でこの「安心社会実現会議」構想を温めていたのだ。
六月までの短期集中討議で、麻生の口癖である「中福祉・中負担」の国家の将来像や「官と民」「公と私」の役割分担にまで遡って「安心社会」のイメージを描く。衆院選では増税より、その使い道となる年金、医療、介護と言った社会保障の機能強化の分かりやすい工程表を前面に打ち出す思惑である。
麻生と二人三脚で仕掛けたのは「経済総理」の異名を取る財務・金融・経済財政担当相の与謝野馨だ。座長に白羽の矢を立てたのは電通最高顧問の成田豊。座長代理は東大大学院教授の吉川洋。メディア界から読売新聞主筆・渡邉恒雄、労働界から連合会長・高木剛、官界OBから前検事総長の但木敬一に元財務次官の大和総研理事長・武藤敏郎……。与謝野から打診を受けた一人は委員の顔ぶれを知ると「これは誰が見ても与謝野人脈そのものではないか」とうなった。
後見人の渡邉は言うまでもない。成田や高木は与謝野と同じ東大野球部出身。吉川は経済財政諮問会議の民間議員で消費税増税の理論的支柱だ。私立開成高校の同級生だった但木と武藤は与謝野の強力な官僚人脈の中枢に位置する。特に目を引くのは但木。東京地検特捜部と民主党代表・小沢一郎の全面対決の最中、前検事総長が麻生主導の有識者会議に参加することの重みに気づかぬ者はいない。
党側では与謝野の盟友、政調会長代理の園田博之が会議の投じるボールを受けて「安心社会マニフェスト」を仕上げる役割分担となる。常設の諮問会議を別とすれば、麻生がこの手の首相直属の有識者会議を設けるのは初めてだ。並々ならぬ意欲がにじむと同時に、もう一つ、重要な含意があった。
麻生や与謝野が参加を働きかけた有識者からは当然ながら「解散はないのか」「政権は持つのか」などの疑念も投げかけられた。これだけの顔ぶれを集めておいて、ろくに会議も開かず、議論もせずに衆院解散・総選挙になだれ込めるはずがない。委員たちには「会議は六月までで一区切り」と説明された。つまり、七月八~十日のイタリア・マッダレーナ島でのG8サミットと、同十二日の東京都議会議員選挙までは現政権を維持したい。それが麻生の無言のメッセージだった。
「景気や雇用対策への国民の希望は極めて高い。きちんと対応しなければならない。言うだけで実行できなければ『何だ』となる。今の段階で(解散・総選挙が)五月とか六月とか申し上げる状況ではない」

麻生が三月十五日のNHK番組「総理にきく」で景気対策を第一とし、解散を急がない姿勢をにじませた裏には、追加景気対策と「安心社会実現会議」を頼りに七月まで居座りたいという基本線が見え隠れしていた。
■トロイカ崩壊が始まった
死に体同然だった麻生に一息つかせたのは東京地検特捜部だ。三月三日、小沢の公設第一秘書・大久保隆規を西松建設側の政治団体からの献金を巡る政治資金規正法違反で逮捕、二十四日に起訴した。西松からの企業献金と知りながら、ダミーの政治団体からの寄付を装い、小沢の政治資金管理団体「陸山会」の収支報告書に虚偽の記載をした疑いである。
政権交代ムードが高まる中での次の首相候補への痛撃には民主党内外から「国策捜査ではないか」と検察批判が渦巻いた。だが、「政治とカネ」を巡って検察当局と刑事裁判で全面対決している政治家が、衆院選を経て首相の座に就くなど国家の姿としてありえないのも現実だ。
「色々な動きが出るかもしれない。もう少し時間を取ってから判断を下すほうがいいのではないか」
二十四日夜、大久保の起訴状を精査して代表続投の意向を固め、民主党本部に入った小沢に代表代行・菅直人は一対一での面会を求めると、待ったをかけた。辞任を求めたのと同じである。幹事長・鳩山由紀夫がおっとり刀で割って入り、参院議員会長・輿石東も加わった三役会議。菅が再び小沢に自重を促そうと口を開くと、鳩山が遮った。
「そういう話ならこの後の役員会、常任幹事会の場でしてほしい」
小沢体制をけん引してきたトロイカが崩れ始めた瞬間だった。ここで小沢と一線を画すことで、フリーハンド確保を探ろうとした菅。小沢との一蓮托生を選び、続投宣言の地ならし役を買って出た鳩山。ポスト小沢をにらむ二人の戦略は明確なコントラストを描いた。
続く役員会。小沢の続投表明を、正面に座る政調会長代理・福山哲郎が「世論が今後、どう動くか分からない。衆院選で政権交代を果たすことが第一の目標だ」とけん制した。常任幹事会では福山と同じ京都が選挙区の副代表・前原誠司が「国民に疑念が残る中で、すんなり『了』とは行かない」。最高顧問・渡部恒三も「世論を聞いて、選挙に勝てるかどうかで判断してほしい」と続いた。小沢にゲタを預けたようでいながら、いずれも遠まわしの辞任要求にほかならなかった。
「あくまで総選挙での勝利を前提に何事も考えて行きたい。代表を続けることがプラスかマイナスかは私には判断できない。国民の受け取り方次第だ」
小沢は午後九時半からの記者会見では低姿勢に徹し、「大勢の国民の皆様から温かい励ましをいただいた……」と「不覚の涙」を二度、三度と拭って見せた。検察の不当捜査には屈せないと代表にとどまる意向を力説する半面、狭まる党内の包囲網を意識し、衆院選への影響を引き続き見極める姿勢をにじませざるを得なかった。鳩山も二十六日、小沢と向き合うとこう告げるより他なかった。
「衆院選が近づき、(代表が小沢のままでは)政権交代が難しいと判断した時は、共同責任を取りましょう」
――(2)に続く
(文藝春秋2009年5月特別号「赤坂太郎」より)

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